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今年の独立記念日は金曜日、3連休と組み合わせて1週間丸ごとお休み (off duty) の人もいるニューヨークです。 TJ 塾長もアリゾナに飛び休暇中、私も少しだけリフレッシュ・モードに突入です。
まずは買い物。この時期のセールは目が離せません。お気に入りのワイシャツ、綿パン、シャツはサイズも豊富で価格も日本の半分以下。マイナーなブランドでも結構イケテル衣類が多く助かります。MLB はヤンキース VS レッドソックスの3連戦が始まります。外野席でも200ドル前後の値がつく伝統の一戦です。ヤンキースが3連勝すれば首位も見えてきます。松井抜きでも応援に行くぞっ。話題のリバイバル・ミュージカル『南太平洋』、新しい怪人役を迎えた『オペラ座の怪人』、映画版も注目されている『マンマ・ミーア』。どれを観るかミュージカル中毒 (addiction) の私は悩んでしまいます。
近所の Path Mark ではミネラルウォーターが24本で2ドル98セント、 1 ガロン入りのオレンジジュースが10本で10ドル等々、日本ではあり得ない価格には驚かされます。
朝食は昨日買い込んだピザの残り、昼食はミツワマートでトンカツ定食、夕食はフォートリーの食堂でエビフライ定食、夜食にカップラーメン。今日だけで何千カロリー摂取したのかな。お祭りムードに少々気が緩んでいる今週の福澤です。
レンタカー代の費用、これが想定外で痛かった。先週一週間は車無しで生活をしてみましたがこれが辛い・辛い。近くのスーパーまでは半マイルですがガロン単位の水やジュースを運ぶのは一苦労、こんなときに限って気温は100度(摂氏38度)を越えニューヨークは真夏の到来です。
外食をやめ浮いた分で車を借りるかっ、と思うも、これがまた想定外。今週は独立記念日週刊で車の料金が跳ね上がっているのです。さすが需要と供給の国アメリカです。どこにいっても在庫は少なく料金は普段の3割り増し、“車があればこっちが借りたいくらいだよ”と、どのレンタカー屋さんも嬉しい悲鳴をあげています。
最後に辿り着いたのがブリッジ近くの寂れたお店、傷だらけの車が数台並んでいます。“ I need a car. ”あっさりと契約は終了します。先方は国際免許証の意味が分からないらしく私のほうが戸惑ってしまいます。日本からの旅行者が車を借りるのは珍しいらしく話が弾みます。
さあ、ボロボロの車を走らせドライブの開始です。カッコ悪くても OK, 車は走ればいいのです。“あれっ、この車、冷房が効かないゾ。”ゴーゴー。
ハドソン川沿いを猛スピードで南に走らせ、リンカーン・トンネルからマンハッタン、ブルックリンへと向います。ブルックリン橋から眺める摩天楼が私に囁きます。“ Go forward! ”よっし、頑張るぞ。
speak to は「~に話しかける」、 speak with は「~と話す」。動詞の後に前置詞や副詞がついて様々な意味を作り出す、これが英語の特徴のひとつです。
speak out 「ハッキリ話す」。自信 (confident) を持って勇敢に (bravely) に話す というニュアンスでしょうか、スピーチのクラスなどで先生が頻繁に使う英語です。
今回の滞在でよく耳にするのが speak up 「大きな声で話す」。テレビや新聞の広告で頻繁に見かけます。手元の英和辞典 Genius では speak out も speak up も同義として扱われていますが、私の体感ではニュアンスはだいぶ違う気がします。
speak は内容よりも“音”の響きを伝える単語です。音で伝えて音で感じる。故松本享博士は“英語には音に意味がある”と述べていました。アメリカで生活をしているとこのことがよく分かります。文字で感じる風味の強い日本語とは違います。
音で感じる語学の勉強から音を省いたら何も残りません。いまだに英語の授業の多くを日本語で行っている日本の英語教育に明るい未来は感じられません。
この際下手でもいいから英語の授業は英語で行う。世の英語の先生方へ: Speak to students; speak with students; speak out; speak up!
6月末から暑い日が続き本格的な夏が到来。かと思いきや今日は少し肌寒いくらいの天候、しかも雨。今日はこの国の独立記念日 (Independence Day)です 。
自宅からラ・ガーディア空港まで僅か30分。街から車が消えたと思うくらい道が空いています。こんなニューヨークを見るのは初めてです。知人が到着する時刻は午後7時3分。遅延 (delay) がアタリマエのこの国ですが着便掲示板を見る到着予定は6時31分。これは珍しい。
今晩打ち上げられる花火 (fireworks) 鑑賞に間に合いそうです。空港からハイウェイでハーレムを抜け、 G ・ W ・ブリッジ経由でニュージャージに入りました。
ハドソン川沿いの高台にあるハミルトン・パーク (Hamilton Park) 。ここから見るマンハッタンはため息が出てしまうくらいの絶景です。
こんなことを考えるのは私だけではありません。甘かったか? パーク付近の路上は車だらけ、戻ることも進むこともできないまま車内に閉じ込められます。定刻の9時30分を待たずして花火が打ち上げられます。音だけ聞こえます。ラッキーっ? 渋滞のお陰で車の中から花火見物が出来たのです。
エンパイア・ステート・ビルの上空に次々と打ち上げられる花火の数々。日本の花火技術が活かされていると思うと胸がいっぱいになった福澤です。来年はイースト・リバーの特等席から見るゾっ。
歪んだ (give) 床、冷えない冷蔵庫、火災報知機、冷房の爆音等々、文句を挙げたらキリがないこの家です。それでも、住めば都とはよく言ったもの。玄関先までやって来る可憐なリスたちと過ごすひと時は私を心から癒してくれます。
唯一、辛いのがベッド。サイズはシングル。しかもお子様サイズ。私の足はベッドの端から大きくはみ出し寝返りも出来ない状況です。もっとも辛いのはベッドの軟らかさ。アメリカ人は軟らかいベッドが好きなの?スプリングのバネが腰と背骨を直撃します。3時頃に目覚め屈伸運動をするのが日課になってしまいました。テレビを見ながらリビング・ルームの床に横になるとついつい爆睡してしまいます。硬い板の間に毛布を敷いて寝る。これが今の私には最高の贅沢なのです。
歪んだ床には抵抗がありましたがこれには慣れてしまいました。家の中を移動するたびにフラフラしていたのは最初だけ、今ではそれが心地よく感じられます。
料理をするのも一苦労です。フライパンから出る少しの煙でも火災報知機が反応してしまうのです。1マイル先まで聞こえてしまいそうなサイレン音にはビックリしてしまいました。アメリカ人は電子レンジばかり使うのかなあ。煙が出ない調理方法はこれしかありませんよね。
出る釘は打たれる。この諺が日本にあてはまるのだとすればアメリカは“出ない釘は相手にされない”、こう表現できるような気がします。文化の優劣を議論することは愚かな行為です。どちらの側を擁護するわけではありませんが、今の日本に欠けてるものが私には鮮明に見えてきます。
日本人がグローバルレベルで生きていくための絶対条件。それは相手の呼吸、リズムに合わせて言葉を使う能力です。
日本人は英語でとかく YES を多発しがちですが、これがいちばん危険です。英語の YES は満額回答のようなもの、至極些細で例外的なことも含めてすべてOKという意味合いが強いのです。よくよく熟慮して YES を使うこと。これが鉄則です。
結論が遅いこと。このことは相手をイラつかせます。不意に YES を使うのも危険ですが、決定を下さないことは即ちNOと理解されることも多いのです。
口から出てくるのは何となく英語、でもメンタリティーは純日本式、これでは聞き手のアメリカ人を惑わすばかりです。
少しくらい横柄で自己主張が強すぎる、これでちょうどいい。“出ない釘は相手にされない”のです。
やんわりと伝える、それとなく伝える、遠まわしに伝える。これら美しい日本の感覚をできるだけ多くのアメリカ人にも“味わって”いただく。これが私の仕事です。
お寿司のキャリフォルニア巻きが生まれたように、2つの文化が融和したときに新しい、進化した文化が生まれてくる。その実験をすることが可能な“国”、それがニューヨークだと私は考えています。
アメリカ人といえばアングロサクソン系の白人や黒人をイメージする人もいるかも知れません。でもNHKの英語講座に登場するような“典型的なアメリカ人”を探すのは一苦労です。
タクシーのドライバーはかなりの割合でインド系、パキスタン系、バングラデイッシュ系、レンタカー屋で対応してくれた人はアメリカ系韓国人、MTW社のアシスタントはドイツ系アメリカ人、我が家の隣人はおそらくスペイン系、その他、リトアニア系、アイルランド系、オランダ系、もちろん中国系アメリカ人等々、想像を絶するほどの人種がニューヨークで生活をしているのです。
誰が何人なのか、どこ出身なのか、考えている暇も余裕もない。だから差別も少ない。これが私の印象です。英語を喋らない人は相手にされない。たしかにこれは事実。共通言語の英語を使うことを選択しない人には皆冷たいのです。一方、下手でもいいからとにかく英語で発信する。相手が分かるまで発話を止めない、諦めない、そして粘る。こんな意志さえあればニューヨーカーは皆それなりに親切に接してくれるのです。英語の教材に登場するような“綺麗な”英語を話す人はいません。聞き取れなければ聞き返す、言い間違えても誤ったり後戻りしたりせずドンドン発信する。
この呼吸とリズムが学べる英会話学校が日本には必要だと思います。
私の短パン&ポロシャツ姿を見たことのある生徒さんはまずいないと思います。指導のときには必ずネクタイを締めていますし、ジャケットを脱ぐことも稀です。箱根合宿では“先生、楽にしてください”と生徒さんに言われることもあります。長年の習慣なのかラフな服装で指導をすることができない福澤です。
自宅の温度計は37度、ジャケット&ネクタイで移動できる気温ではありません。ミッドタウンまで車で移動することにします。ブリッジを渡りハドソン川を右手に見ながら40丁目まで25分で到着です。地下鉄を乗り継ぐと1時間以上かかる距離です。
ミッドタウンでは駐車場探しで困ることはありません。アチラこちらに見えるPの看板。サクッと車を入れて完了だ~! あれっ。料金表を見てびっくり仰天。
30分以内12ドル。1時間以内22ドル。2時間以内32ドル。24時間40ドル。そうです。マンハッタンの駐車料金は異常に高いのです。それでも満車になるのですから恐ろしい。車で移動する街ではありません。
MTW社に到着すると皆が私のことを見て驚いています。こんな暑い日にネクタイを締めている私が不思議に見えたのでしょう。TJもスタッフも皆ラフな格好をしています。“ Why jacket and tie? ”と聞かれてヤボな返答はしたくはありません。ネクタイ着用は私の流儀です。
“ This is my 流儀 . ”と私が説明すると皆目を白黒させています。MTW社では今“流儀”という日本語が流行中です。
需要と供給のバランスに応じてホテルの価格は常時変動する。これがニューヨークのホテル事情です。日本と違うのはレベニュー・マネージメント (revenue management) を採用していること。ラスト・ミニット (last minute) といって最後の最後に価格が下がることもあります。でもこれを期待していると痛い目に会うことも覚悟しなければなりません。
客室の平均単価は330ドル。これに13.375%の税金と客室専有税($3.50加え1ドル110円で計算をすると総計で4万円強。これが1泊の平均なのです。
これだけ払ってもサービスは期待できません。従業員は完全な分業制を採っているため担当する部署以外のことには無頓着、“ I don ' t know ”と素っ気無い返事しか返ってこないのが日常です。
ネガティブな要素はこれだけではありません。部屋が狭い、窓の外は隣の壁、お湯が出ない、テレビが壊れている等々、挙げればきりがありません。
チェッインの際に部屋を確認して気に入らなければ部屋を変えてもらう。これはニューヨークでは常識です。代わりの部屋がないと言われても“すべての部屋をノックして本当に満室かどうかチェックするぞ”くらいのことを言って、やっとフロントが本気で動いてくれるのです。
ホテルは寝るだけと割り切るか、500ドル~800ドルを払ってプチセレブの雰囲気を楽しむか。どちらを選択するのも“自由”なニューヨークです。
“プレゼンテーションが不安だ”。よく耳にする声ですが、実はこの段階で既にそのプレゼンは失敗しているのです。不安を抱いていることが自分をコントロールできていない証だからです。ランチ・ミーティングでTJ塾長とお話したテーマです。不安は一体どこからやってくるのでしょうか。
大勢の前で話すから不安? 経験がないから不安? そうでしょうか。不安の源は実は自分にある。これが我々の結論です。TJは“ The Enemy Within ”という言葉でこれを説明しています。
不安の種を自分で撒き、耕し、そして不安という名の大輪を咲かせてしまう。このことを実行しているのは実は話し手本人なのです。本番で失敗する姿を見事に映像化 (visualize) して自分をとことん追い込む。これが不安を助長する源です。
プレゼン用に前もって原稿を用意する。こういう人は失敗することが前提で、原稿を用意することでどうにか不安から逃れようとする人です。そして見事に失敗します。こんな体験を繰り返すことで不安の大輪はさらなる種を生み、内なる敵はアナタの心を打ち砕くのです。
話し方と生き方は連動しています。密度の濃い生き方をしている人。人生を謳歌している人。こういう人には見事なプレゼンテーションをする下地が既に備わっているのです。
どうしても観戦したかったMLBのオールスター・ゲーム。フィールドチャンプ (Field Championship) と呼ばれる1階内野席の価格は4500ドル、もちろんこれはプレミア価格ですが定価が750ドルと、元々が破格の値段設定なのです。これがアメリカ現実です。
系列のME社からお手頃チケットの連絡が入ります。それでも1枚1500ドル、2人で観れば30万円、4人だと60万円。少しだけ迷いますが、今回の出張は予算が限られています。無念!
観戦をあきらめた瞬間に何だか体調が悪くなってきました。熱さまシートを額に張り部屋で横になります。ニューヨークは連日35度を越す真夏日、貧乏生活で淡水化物ばかり摂取していたこともあり少しバテ気味の福澤です。
夜8時、生放送が開始されました。あれッ! 英語放送じゃあないの? ポルトガル語かなあ? とにかく英語ではありません。我が家のテレビはなぜか30チャンネルだけが英語ではないのです。まあ、いいかっ。微熱を我慢しながらテレビでイチローと福留を応援しますが、とにかく今日の試合は長いこと長いこと。延長戦になって試合が終わったのが結局深夜の3時頃。テレビの前で横になりながら爆睡してしまいました。
球場で観戦していたら1本9ドルのビールを一体何本飲んでいたことでしょう。我が家でテレビ観戦して正解だったかな。
東京のタクシー初乗り料金 (initial charge) は710円。ニューヨーク初乗り1.6キロまで2ドル50セント。その後は小刻みにメーターが上がるもののイエローキャブは手軽です。
連れの荷物を95丁目からミッドタウンまで運びます。気温35度、地下鉄はあきらめタクシーを利用します。
イエローキャブは皆、個人営業、1日にかかるガソリン代は40ドル~50ドル。車両は12時間のレンタルでその費用が100ドル。ドライバーから聞いた話です。毎日の固定費が150ドルではタクシー稼業も楽ではありません。
最近では代金をクレジットカードで支払う乗客が増えてきていることも問題になっているようです。カード使用による取引手数料は5%、その費用は運転手が払わなければならないからです。
ガソリン価格の高騰によりタクシー運転手の団体が初乗りに上乗せ料金 (surcharge) 1ドルを求める方針を表明しましたが、タクシー・リムジン委員会のマシュー・ダウス会長はこれを11日に正式に却下、波紋をよんでいます。 “追加料金は乗客率に悪影響を及ぼし結果的にはタクシー運転手にとっても逆効果である。”
何でも値上げする日本のタクシーとは状況が異なります。
譲りの精神は皆無、ハザードは使わない、車線変更は気まぐれ、無秩序な合流、すぐ怒鳴る等々。運転交通道徳に関してアメリカ人は野蛮です。
肩にチョット触れただけでも“ Excuse me ”と言うアメリカ人、建物の出入り口では相手に譲るアメリカ人、レディーファーストが徹底しているアメリカ人。真摯なアメリカ人と乱暴に車を運転するアメリカ人。どちらが本当の姿なのか? あまりにも大きいこのギャップには驚くばかりです。
この国の運転免許事情。ハンドブックを読んで交通ルールを独学、筆記試験に合格すれば仮免が発効されます。ドライビングスクールもありますが日本のような練習場はありません。ニューヨーク州の法律では 免許保持者同乗であれば路上練習が可能です。路上試験では自分の車を持ち込み試験官を助手席に乗せて言われた通りに運転する、これで万事OK。少し乱暴な説明ですが、とにかくこの国で運転免許を取得するのは簡単なのです。
アメリカ人は交通マナーや交通道徳を学ぶ機会に恵まれていません。無秩序で傲慢なドライバーが多いのも頷けます。
車の運転は人の性格を反映するといわれます。乱暴な運転をするアメリカ人を毎日見ていると複雑な心境になる福澤です。
英語で相手を怒らせる。これができれば英語力は一定の水準に達していると思います。私自身、こんな自分に酔っていた頃がありました。周りからは“英語のできるヤツ”と言われディベート (debate) にも自信がつき始める。ネイティブを知的格闘の相手に見立て喧嘩をする。相手を怒らせることで快感を感じるレベルです。このレベルに達していると英語で困ることはありません。ちょっとしたトラブルや問題も自力で解決できるからです。
さて、英語でビジネスをしている今、過去の自分がいかに陳腐なレベルに甘んじていたかがよく分かります。舐められてしまうレベルは論外ですが、相手を怒らせるだけでは仕事は成立しないのです。
相手の意向には耳を傾ける。相手の利益に寄与することに全力で取り組む。可能な限り相手の要望にも応える。時間や労力は惜しまない。
私がこれまでに学んだ教訓 (lesson) です。相手の幸福・安寧を心から願い、全身全霊で取り組む姿勢を明確に示す。この姿勢こそが実は自分の幸福・安寧を生み出す大きな原動力に成り得るのです。
弁力の観点から自分の英語力を推し量るとこれまで見えなかったことが鮮明に見えてきます。
1980年代のニューヨーク8番街42丁目付近。盗品を売りさばく露天商が路上を埋め尽くしていた時代です。置き引き、スリ、引ったくりは日常茶飯事、いったん奥の路地に入れば何をされても不思議ではない街、それがニューヨークでした。ホームレスの英語さえ聞き取れず英語を猛勉強しようと心に誓ったのもこの頃です。
インターネットがない時代、すべてが行き当たりばったり。JFKに到着するとその日の宿泊先を探すのに四苦八苦したことを覚えています。時代は1ドル240円、1泊数10ドルの簡易宿泊施設に泊まりながら貧乏旅行を楽しんでいた私です。深夜まで泊まる場所が見つからず、と途方に暮れていた私に手を差し伸べてくれたのがアパーイーストにあった ホテルBarbizon です。1泊100ドルは今思えば“温情料金”です。
朝はデリ、昼はピザ、夕食はチャイナタウンで済ましマンハッタンの隅々を歩いて探索するのが日課でした。唯一の頼りは『地球の歩き方』、創刊当時は体験者の口コミがページの大半を占めていました。当てにはならない口コミ情報でしたが、騙されたり相手にされなかったりすること自体が当時の私には大きな刺激だったのです。
10年ぶりにチャイナタウンまで足を運んでみます。路上は観光客で溢れ歩く隙間もないほどです。ジョーズシャンハイ(鹿鳴春)でお腹いっぱい小龍包を食べて4人で計30ドル。チョッピリ昔を思い出した福澤です。
人類がこのまま進化し続け最終的に抱える問題、それが余暇の問題だといわれてます。
週休3日が現実のものとなりつつある今、余暇の問題から目を背けることはできません。
週末は家族で過ごす。アメリカではごく普通のライフスタイルです。庭いじり、日曜大工、そしてバーベキュー。郊外の別荘に出向き釣りや狩を楽しむ生活もごく一般的です。週に3日もこんな生活をしていたら飽きないのか、これが私の正直な感想です。
アメリカ人は家族を大切にするといます。誰に聞いても仕事よりも家族を優先すると答えます。それでいて離婚率は50%を越えるのですから笑えます。
マンハッタンから北90マイルの Red Hook 。ハイウェイーから丘を登ると見えてくるのが私の親友徳ちゃんの別宅です。敷地面積2400坪、針葉樹と広葉樹が織りなす広大な森、築60年とは思えないほどメンテが施された建物。マンハッタンの雑踏を逃れ週末はここで過ごしているそうです。
迫りくる余暇の問題。日曜日が来るたびに家でゴロゴロしている日本のお父さんたちはこれからどうなるのでしょうか。日本のお父さんの1人として、非常に考えさせられた今日のバーベキュー・パーティでした。
自分の声が好きになれない。発声法やボイストレーニングの本を購入してアレコレと試してみる。でも続かない。そしてスクールに通い声の綺麗な元アナウンサーから指導を受ける。それでも自分の声は変わらない。意気消沈しストレスが続く。---よく聞く話です。
少しかすれ気味で鼻声。これが私の素の声です。“どうしてこんな声に生まれたのだろう”と私自身、悩んだこともあります。いくら悩んでも、他人の声を羨んでも自分の声は変わることはありませんでした。
顔も目も鼻も髪の毛の色もすべて60数億分の確率でアナタだけに与えられた天からの贈り物です。声も同様です。自分の声が好きになれないと嘆くよりも、その声を天賦の才能として受け入れる。こう考えることで私はコンプレックスを克服することができたのです。
自分の声は自分だけの特殊技能、才能だ。誰にも真似のできない幸福の音色。与えられた自分の声を愛しみ大切にする。好きになってみる。こうすることで自信に満ち溢れた声が出せるようになるから不思議です。
“綺麗な声だから魅力的なのではなく、魅力的だから綺麗に聞こえてくる”。これが弁力理論の考え方です。素敵な人生を歩んでいる人、幸せな人。こういう人の声は既に聞き手を魅了するに値する声の持ち主なのです。
言葉を使って相手を論破すること。それがディベート (debate) です。ディベートはあくまでゲームです。人生にディベートの法則をそのまま当てはめることはできません。
論破することに労力を注がなくとも聞き手や相手を鼓舞・説得することのできる人がいます。こんな人間になることの大切さを教えてくれたのがデイール・カーネギー (Dale Carnegie) 。すべての責任は話し手にある。私がこんな考え方をするようになったのも氏の影響です。
小手先の話術、詭弁、切り替えし等々。これらは時として人生を“上手に”渡りぬく道具としては有効かも知れませんが、人々を温かい愛情で包み込むことはできないのです。一過性の話し方に心を奪われ人生の本筋から逸れては意味がありません。あくまで王道を貫く。これが私の人生訓であり目標です。
カーネギー博士の“ How to win friends and influence people ”。何度読んでも心が動かされる作品です。弁力理論の原点は本書にあると言っても過言ではありません。人生を賢く生きるエキスがプレインな英語で語られていることも特徴です。原書で読んでみる価値はじゅうぶんにある名著中の名著です。
“ This passport is valid for all countries and areas unless otherwise endorsed. ”日本国籍を保有する全員に平等に与えられた渡航先条件です。日本人として生まれた瞬間に我々は世界のあらゆる国、地域を訪問する権利が与えられるのです。
森鴎外の『日本回帰』が示すように外から見ると日本がより鮮明に見えてくるのです。若いうちに外から日本を見る。そうすることで日本をより良くする可能性が広がる。私にはそんな気がします。
日本発券のエコノミークラスの運賃はおそらく世界でいちばん安い。フリーターの身分でもアルバイトの身分でも学生でも誰でも世界を旅する環境が日本には備わっているのです。そんなアドバンテージを利用しない手はありません。
政治の腐敗は日本国民をしらけさせてしまいました。粋な日本男児を演じる政治家は姿を消し、私利私欲、物欲に塗れた政治屋の姿に若者は幻滅してしまいました。
貯蓄に走り海外に目が向かない若者が増えた原因。その責任は堕落した政治家にあると私は思います。
アメリカに1ヶ月以上滞在したのは久しぶりです。レンタカーの保険代、マンハッタンでの駐車料金が家計を圧迫しましたが食費や外食代の安さにはかなり助けられました。
ビールは1本80セント前後、水はペットボトル1本10セント~20セント、スイカ5ドル、マンゴ1ドル、オレンジ50セント、牛肉はかたまりで買っても10ドル~20ドル、ササニシキのお米は10キロで20ドル等々。雰囲気のよいレストランでも日本のファミレス程度の価格で楽しむことができました。
高価なのがノート類、電池、ティッシュ、書籍、タバコ。ガソリンも高騰していますがそれでも1リットルあたり110円前後です。
蛍やリス、モグラが出没する環境や庭でキャッチボールができることは大きな魅力です。森の中に住む感覚は箱根と似ています。狭い家でも敷地は120坪~200坪。そんな家が4000万円前後から購入できるフォート・リー、 GW ブリッジを渡ればマンハッタン。これは大きなアドバンテージです。
傾いている仮の住まいですがお別れするのが寂しい感じがします。47歳のニューヨーク留学はこれで完!日本に戻ります。
年収が2万ドル~3万ドルの人たちにとってマイホームは夢のまた夢。彼らに積極的に融資をしたのがアメリカの銀行です。金利は5年間据え置き。時は住宅バブル、金利が上がる直前に購入価格の倍近くで転売する人たちも出始めました。
バブルがはじけ住宅の価格は一気に下落。年利12%の住宅ローンなど彼らに払えるはずがありません。
サブプライムローンの焦げ付きによる住宅差し押さえ件数は今年の6月までで144万件、底なしの住宅不況は失業率上昇やガソリン価格の上昇と結びつきアメリカを苦しめています。
ニュージャージーも例外ではありません。200坪の庭付き住宅、3ベッドルームの2階建て。3~4台の車が入りそうな駐車スペース付。売り出し価格は45万ドル。今年に入って3度の値下げ。それでも買い手はつかない状況だそうです。需要と供給のバランスが完全に崩れている状況が手に取るように分かります。
一方、マンハッタンやロングアイランドの高級コンドミニアムは建築ラッシュ、100万ドルを越える別件がどんどん売れているそうです。
サブプライムローンの問題と泥沼の金融危機。アメリカ経済から目が離せません。
今回の渡米でいちばん使った英語が“ Sorry to bother you. ”。相手が忙しそうにしているときや少々面倒なお願いをするとき。そんなときに使ってみると腰の重いアメリカ人でも積極的に私の用件に耳を傾けてくれた気がします。
とかく無表情になりがちな日本人が“ Excuse me. ”を連発するのはあまりおすすめできません。相手を非難しているニュアンスが出てしまうからです。相手の立場や面子を重んじる言い方が円滑なコミュニケーションを演出してくれるのです。文句が言いたくなるような場面。アメリカでは日常茶飯事です。どう考えても自分は悪くない。そんなときでも言いたいことをガンガン言った後に“ You see, it ' s not a complaint. ”と笑顔で添えてあげる。そうすることで喧嘩になることが少なかった気がします。私も少しは大人になったのかな。
日本人は物腰が柔らかい。だから丁寧な英語が似合う。そして舐められてしまう。少々残念な気がします。あくまで言いたいことがズバリ言う。ガンガン言った後に一呼吸置く英語が使えると仕事もプライベートもスムーズに運べます。
ショッピングをするだけの英会話からアメリカ人を動かす英語へ。ワンランク上の英会話講座を弁塾で開催することになりました。詳細は近日中に HP でアップする予定です。乞うご期待!
道端に落ちているお金を交番に持っていくのは日本人くらいのものでしょう。善良・正直・和・正義。これが日本人の姿だったはず。そんな日本人のイメージが根底から崩れてしまうような事件が次々と起きています。
“日本は一体どうなっているのか?”。ニューヨークに住んでいる日本人からこう質問されます。引きこもり、過労死、家族間殺人等々。私は明確な説明をすることはできませんでした。とにかく、今の日本は普通ではありません。どこか病んでいます。しかもかなり重症 (critical) です。
実数は不明ですが引きこもりはニューヨークでは稀です。過労死はまずあり得ません。凶悪事件も起きていますが親が子を殺す、子が親を殺すことは稀です。
これら日本独特の社会現象の原因はどこにあるのでしょうか。モノは溢れていても実は日本は夢も希望もない国なのか? 日本人はもともとダメな民族なのか? 善良・正直・和・正義は虚構だったのか?
寡黙さを美徳とする日本人にとってメール文化は好都合でした。面と向って言えないことがメールなら言いやすいからです。でも、これが落とし穴。対面でもなかなか人の気持は伝わらないのです。
メールの普及時期と凶悪事件が増大した時期が一致するのは偶然とは思えません。私の考えすぎなのでしょうか?
“えっ。この人がたむけん?” 謝罪会見を見ておやっと思った人が多いのではないでしょうか。会見に臨んだたむけんはサングラス・裸・獅子舞ではなくグレーのスーツ姿。これには私も驚きました。謝罪会見の失敗例は幾度となく見てきましたが今回の会見は要注目です。
日頃のたむけんからは想像できないようなハンサムな素顔、このギャップがインパクト大です。謝罪をする人は泥臭くてはダメ。反省しているように見えないからです。普段のたむけんは不真面目・いいかげん・チョイ悪のイメージですが今回まったくの正反対、植物的でひ弱、それでいて誠実そうに見える。これが謝罪会見を乗り切るポイントです。
20数分間起立したままの会見、これも正解です。日本での謝罪会見は頭を下げてから椅子に座っての説明が多い。これで誠意は伝わりません。
涙目モードに小声。それでいて声はしっかり聞こえてくる。この頃合いが絶妙です。思いっきり泣いてしまうのも手ですが今回は罪が重い食中毒、リスクが大きいか。
芸人さんはそもそも弁力指数が高い人たちです。彼らから学べることは多い。
たむけんさんへ:衛生 (hygiene) 管理はちゃんとしてね。2度目は神通力は使えませんよ!
アレっ?
キキキキキ・ケケケケケ”。箱根の森ではヒグラシ (Tanna Japonensis) が元気に鳴いています。夕方の日暮れ時に鳴くことから、“日を暮れさせるもの”としてヒグラシの和名がつきました。 俳句では秋の季語とされていますが実際はセミの中でも比較的早く出現する種で 7 月が最盛期です。 万葉集でセミを詠んだ歌は10首ありますがそのほとんどがひぐらしを詠んだもの。
ひぐらしは 時と鳴けども 恋ふらくに たわやめ我は 定まらず泣く(作者不明 万葉集 第10 1982)
ひぐらしは時を決めて鳴くけれども恋のせいでか弱い私は時を定めず泣いてばかりいます。
どんな生き物もそれに従い死を迎えるのが世の定めです。寿命が短いとされるヒグラシの壮絶な鳴き声は迫力があります。言葉は話さなくとも自己のアイデンティティーを精一杯表現するヒグラシ。
自然と一体した環境で弁力開眼の道を歩むことのできる我々は幸せです。