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スピーチは聞く人の心に永遠に刻まれ、人生や歴史までをも変えてしまうパワーを秘めています。リンカーン、キング牧師、ケネディー大統領のスピーチがその例です。
日本人はスピーチが下手だと言われていますが、これまでスピーチ教育が重視されてこなかったことが原因です。個々人の能力の問題ではありません。
福田首相の所信表明演説。役人が書いた原稿を読み上げる形式で行われました。歴代の首相も同様でした。
読み上げるわけですからどうしても単調になりがちです。感情移入もされないまま淡々と行われるスピーチでは感動を与えることはありません。インパクトや新鮮味に欠けるなど非難されるもの当然です。
スピーチの目的。それは聞き手を鼓舞、激励し話し一体間(rapport)を築きあげることです。混沌とした今の日本を変える唯一の方法。それは大衆を巻き込み、勇気と感動を与えられるようなスピーチができる政治家をどんどん輩出することです。安倍首相が風穴を開けた教育改革を推進しなければなりません。
“平等で統一のとれた教育を享受することができる”という趣旨の教科書検定。今の時代に必要なのでしょうか。
検定とは要するに“検閲”(censorship)です。言論の自由や出版の自由を掲げるこの国で政府の“検閲”は不合理です。
多種多様な価値観や発想を自由に学べること。これが自由主義国家の本来の姿だと私は思います。
検閲”がある限り理想の英語教科書は望めません。文科が定めたヘンテコな基準。そんな基準に縛られた単語、熟語、文法等の枠組みを少しでも超えたテキストはすべて不合格になるのです。英語ができない役人たちが日本の英語教育を誤った方向に導いてきました。
高校日本史の教科書検定。沖縄戦での集団自決に日本軍の強制があったとする記述が削除されました。これが“検閲”の正体です。
程度の差こそあれ、これでは北朝鮮と変わりありません。
子どもの頃から巨人一筋40年。球場に足を運ばなかったのは今年が初めてでした。僕にとっては今の巨人は昔の恋人のような存在になってしまいました。活躍していることが風の便りで分かればそれは嬉しいですよ。当時は熱く熱く燃えた関係なんですから、ハイ。
でも、気持は完全に冷めちゃいました。比べると日本ハムなんて素晴しいですね。大砲の小笠原を放出しても優勝しゃちゃうんですから。今の巨人の選手は名前を見てもピンときません。
セ・リーグも今年からクライマックス・シリーズが始まるようです。タイミングが悪いですね。去年までなら素直に日本シリーズに直行ですが今年はもう一山越さなければなりません。中日が勝ち上がってくるような気もします。丸坊主になった落合さん、素敵。頑張った野村さんにもチュ。
原さん? 少しは松岡修三のリアクションを真似てみたら!
海外へ旅行する日本人は1600万人、一方、日本へやってくる外国人の数は500万人。その500万人の中には成田に1泊してアジア諸国に移動する人も含まれています。日本は魅力のない国なのでしょうか?
オーストラリアの首都キャンベラで山火事が起きたのが2002年。サイモンさんとヨアーシャさんの夫妻は全財産を失います。再出発の場に選んだのは日本の北海道、ニセコでした。ニセコのパウダースノーに惚れ込んだ夫妻はトラックス社を設立、現在、コンドミニアムを建てて販売しています。ニセコブームの火付け役は日本人ではなく外国人だったのです。
日本の魅力に日本人が気づいていない。何と愚かなことでしょう。日本人はもっと自信を持つべきです。今こそ日本の素晴しさを世界に発信すべきです。
さて、カンタス航空のケアンズ~新千歳直行便が今冬は中止になりました。北海道からオーストラリアへ行く日本人観光客が少ないことが一因です。観光推進は国と国がスクラムを組んで取り組まないとなかなかうまくいかないようです。
“看病されないで死ぬ者がある。法に適した看病をしてやるべきである」。今から約2500年前のインド。仏教を説いた釈迦は『看病人法』を説き、10ヶ村毎に1人の医師を置き貧しい人や病人のために病院を建てたそうです。
電気やガスがない当時、医師たちは毎日入浴し髪や爪の手入れをして白い衣服を着なければなりませんでした。これが白衣の起源です。
30歳の夏、新刊雑誌創刊の仕事を手がけた私は猛暑のニューヨークで倒れました。帰国した私は即入院、人生で初めての体験です。ゴルフボール大に腫れた扁桃腺。唾液さえ飲むことが出来ない苦痛。そして高熱。白衣をまとったナースの方たちが釈迦様に映ります。短い入院生活でしたがその間、家族や友人にどれだけ励まされたことでしょう。
今、私は空港にいます。病気の人を独り残したまま、どうしても移動しなければなりません。看病したい人が目の前にいるのに仕事に向わなければならないジレンマ。後ろ髪を引かれる思いのまま搭乗します。
ブレーキを踏みながらアクセル全開。こんな運転をすると車は悲鳴をあげますね。スピーチも同様です。“本来の意思”(true intent)に反してつくり笑いや愛想笑いをしてもそのギャップは見抜かれてしまいます。
表情筋をトレーニングすることによって、しわ、たるみ、無駄な脂肪を軽減することはできます。俳優さんや女優さんが若く見える理由、それは日頃から表情筋を鍛えているためです。私が大好きな志村けんさん。実年齢より若く見えますね。“しゃいーん”が表情筋のトレーニングになっているのです。
“言葉”と“顔の表情”は取り繕うことができても“本来の意思”は正直です。表情筋は互いに複雑に関連し合い四六時中働いていますがその司令塔は“本来の意図”なのです。プロ中のプロでない限り司令塔をごまかすことは容易ではありません。
心の中にある「安寧」、「余裕」、「優しさ」、「温もり」、それらすべてが“言葉”と“顔の表情”に反映される、これが人間です。心が荒(すさ)んだ人が“言葉”や“顔の表情”を取り繕っても聞き手を魅了することはできません。澄んだ心、言葉、顔の表情が一致する、これが弁力の真髄です。荒んだ心と澄んだ心、どちらを選ぶかはアナタ自身です。
今、話題の沢尻発言。私には大きな研究材料になりました。
「欧米人との握手は強くせよ」、「お辞儀(bow)をしながら握手をするのはおかしい」。学生時代に先生から教わった“忠告”です。
欧米人の握手は強烈、握りの強さが友情の深さを表す文化圏だからです。手が痛くなるほど握られてビックリした経験は私だけではないと思います。
アメリカに滞在するとき私も気合を入れて握手をしていました。相手も負けまいと強く握り返しました。これまではそうでした。でも、最近は手を添える程度、丁寧に辞儀をすることにしています。先生の"忠告“はもう守っていません。
相手を敬う気持、感謝する気持、いたわる気持。強い握手よりもお辞儀のほうが気持が伝わるような気がするからです。
これがドンピシャの大当たり。欧米人も強く握ることは実は面倒だというから笑えます。
“日本式握手法”を世界に広めようと考えている福澤です。
国際フォーラムでの福田首相のスピーチ。6分間よく頑張りました。花◎をあげましょう。皮肉(irony)ではありません。英語が国際語である今、とりあえず日本の首相が英語でスピーチを行っただけで1歩前進です。
さて、中学高校の現場では文部科学省の検定をパスした教科書が用いられています。最近では文法や読解だけでなく、コミュニケーション能力を意図した構成にシフトしてきています。好ましい傾向だと思います。
問題なのは教科書の使い方です。英語が上手な先生は授業にミニ・プレゼンやスピーチの指導を取り入れて効果を上げています。こういう先生はまだまだ少数派で、旧態依然の和訳一辺倒
の授業をしている先生が大多数なのが現状です。
文法は大切です。正確な表現はそれだけで信頼感(credibility)を増すからです。和訳の効用も否定できません。英語と日本語の発想の違いも学べるからです。
日本の首相が公の舞台で堂々と英語のスピーチをする。そんな時代が来るまであと30年。福澤76歳。生きてるかな?
ダイエットを始めて3ヶ月、今日の体重は95.85キロです。10キロ以上減量したことになります。弁塾のトップページの動画や写真は106キロ当時のもので丸々と太っています。今はもっといい男かな?
小学生時代のあだ名は“もやし”だった私ですが出版社勤務の時代に徐々に太り始めました。深夜までの残業は日常茶飯事、朝方まで飲み歩いたり、焼肉や寿司ばかり食べる。朝方に牛丼をたべることもありました。オレンジ色の看板が見えると入ってしまうんですよね。こんな生活が数年続いたでしょうか。これでは太らないはずがありませんね。①夜は食べない。②ウォーキングをする。③炭水化物はひかえる。この3点に注意するだけのシンプルなダイエットです。泳いだあとに一気に食べるクセもなおしました。
いちばん励みになるのがダイエットの先生から褒められること。私のような仕事をしている人間でも褒められるのは嬉しいものです。
さあ、目標の90キロが見えてきたぞ!
運動会のシーズンです。例年、リレーの選手に選ばれていた息子ですが今年は落選したようです。元気がありません。
運動会といえば“騎馬戦”を思い出します。日頃、仲の悪いヤツを“合法的に”やっつける場、それが運動会の騎馬戦でした。何組もの騎馬が一斉ぶつかり合う騎馬戦です。殴ろうが蹴ろうがお構いなし。ルールはあってないようなものです。私も頭に大きなコブができたことがあります。誰からやられたか分からないのですから始末に終えません。今ならビデオが証拠になってしまいますね。
最近では安全面の観点から騎馬戦を行わない学校も増えてきました。脊椎損傷や重度の障害を招く事故も起きているようです。
武士道の延長戦上にある騎馬戦。一定のルールに則って後世に伝承する方法はないのでしょうか、一杯やりながら息子と考えてみようと思います。“リレーはまた来年頑張れ”。息子も元気を取り戻してくれたようです。
圧倒的なヤル気と根性。これさえあればどんな人でも一流の域に達するはず。しかし“超”一流になるにはこれだけでは足りません。一流と“超”一流の差。その違いは“よい指導者”にめぐり会えるかどうかだと私は思います。
最年少での世界挑戦をした亀田大毅。結果は大差の判定負けに終わりました。反則云々の非難もあるでしょう。切腹という大風呂敷を広げ、大衆の反感も買いました。しかし彼は若干18歳です。大毅の圧倒的なヤル気と根性を私は買いたい。勝った内藤大助と比べると大毅は技術面で劣っていました。その差は歴然です。
だからこそ、大毅に今、必要なのは“よい指導者”なのです。原石も磨かなければただの石。ドコをドウ磨けばいいのかはその道のプロ中のプロでなければ識別ができないのです。
父、四郎氏は十分にその役割を果たしたと思います。ボクシングのアマチュアがここまで指導できたのは愛情以外の何物でもありません。
今すぐよい指導者のもとで鍛えなおす。バッシングに屈することなく精進すれば3年後には“超”一流の世界チャンピョンになれるはずです。頑張れ大毅君。
最後の晩餐は新橋のあらがわでステーキを食べる。僕が以前から決めていることです。最後に乗る車はポルシェで色は赤。これも決めています。生涯現役。これも決めています。でも、最後の言葉だけはまだ決めていません。
“ほんとうに好きなんだから”。こんなに新鮮な言葉はありません。黒川紀章。享年73歳。私が尊敬する数少ない日本の“政治家”でした。妻であり女優である若尾文子さんと最後に交わした“ほんとうに好きなんだから”は僕の心の中での流行語大賞で決まりです。月並みのようでなかなか言える言葉ではありません。
氏の人間的な魅力にも触れましょう。それは“人をアッと言わせるいたずら心”です。新しいことへの貪欲さもありました。40年前に氏が日本の政治家になっていれば日本の都市構造は今とは劇的に変わったものになっていたはずです。氏に面会しなかったことが無念です。
さて、僕の最後の言葉は“ほんとうに好きなんだから”を超えなければなりません。残りの人生、ゆっくりと考えてみようと思います。
日本は「遊び」という理由で休むことは難しい社会ですね。まとめて休むことなどなおさらです。“天気も良さそうなのでゴルフにでも行ってきま~す”と堂々と休暇を取ろうとする日本人はまだまだ少ないのではないでしょうか。遊びで休暇を取るときは上司に“ちょっと私用が…”。これが日本社会のお約束。有給休暇を取らないことを自慢する上司に“君も頑張りたまえ”と言われた頃をふと思い出してしまいます。15年以上も前の私の実体験です。
厚生省の調査では昨年1年間に企業の正社員が取得した年次有給休暇(annual leave)は平均8.3日、取得率は46.6%。
“労働者に特別に休みを与えている”という旧態依然の感覚。これが企業主の本音なのかも知れません。もちろん最近では欧米型の発想をする企業も増えてきましたが、日本人のメンタリティーはそう簡単には変わりません。サービス残業の風土も日本独特です。
余暇を楽しむ余裕のある国。それがほんとうの意味で豊かな国なのではないでしょうか。
僕の特技。それはいつでも、どこでも眠ることができること。横になれば1分以内に深~い眠りに就くことができるのです。椅子が2脚あれば並べて寝ちゃいます。堅い床でもノープロブレム。
はるか昔のことですが新聞紙を体に巻きつけて電話ボックスの中で熟睡しちゃったこともあります。
今ではそんな無茶なことはしない?などと思っていたらやっちゃいました。お酒が強くない福澤です。久々の泥酔。でも記憶がなくなることはまずありません。でもたくさん飲めば酔っちゃいます。アタリマエですね。
お店を出て連れと別れたのが朝方の3時30分かな。よく覚えてるでしょう。この時間になるとタクシーもつかまりませんね。日曜の深夜ですから。ヨロヨロ歩いているうちに大きな川が見えてきました。土手までおりると草むら発見! チョットだけ、チョットだけ横になろうかな。冷たい雨が酔った私の顔にあたって超気持がいい~。目を閉じてしまいました。爆睡です。
自転車に乗った警官に呼び止められたのが朝6時頃。ああ、やっちゃいました。寒っ!
全長がシロナガスクジラ2頭分、全高はキリン5頭分の長さの乗り物? 世界初の総2階建ての超大型航空機A380が今月の25日シンガポール~シドニー間で初就航します。
私が初めて飛行機に乗ったのが昭和42年の冬。私は6歳でした。当時は担任の先生も飛行機に乗ったことがない時代で私は瞬く間にクラスの人気者。渡航費用が高かったこともあり福澤少年はたった1人で搭乗、千歳で祖母が出迎えてくれたことを覚えています。以来、私は航空機マニアになってしまいました。パイロットになる夢は実現しませんでしたが航空会社をつくる夢は健在です。
A380の“スイートクラス”は圧巻です。スライディングドアで仕切られた完全個室仕様で座席幅は1メートル。座席とは別にフルサイズのベッドも用意されています。カップルで搭乗した場合は中央2列の座席をダブルベッドとしても利用できる豪華さはまさにホテル並です。
ビジネスクラスで48万円也。スイートクラスは? あきらめないゾ。
パワーハラスメントを原因とした自殺と認めた司法判断が日本で初めて下されました。
“存在が目障りだ。居るだけでみんなが迷惑している”、“お願いだから消えてくれ”、“仕事しないやつだと言いふらしたる”、“給料泥棒”等々の言葉を浴びせられた男性社員。心身に変調を来し首吊り自殺。痛ましい。
上司を吊るし上げるのは簡単です。問題はその上司だけなのでしょうか。会社なのですから回りにも“仲間”がいたはずです。こんなダメ上司は日本の企業にたくさんいるのです。
私にも経験があります。“死んでも終わらせろ”と言われた私は“死なずに終わらせるからウダウダ言うなタコ”と上司に暴言を吐き、3日間貫徹をして仕事を終わらせました。結果は急性腎炎。その元上司はまだその会社で働いています。
日本では上司の嫌がらせの規制が立ち遅れていますが最も大切なのはまわりの人たちのサポートなのではないでしょうか。合掌。
「謝罪会見」。これがいちばん難しい。謝罪会見の場面に身を置くこの段階で状況は圧倒的に不利なのです。黙ってもダメ、冗舌でもダメ、何をやっても後ろから前からヤリが容赦なく飛んでくるのです。
弁力でどうにかなる? あまり期待しないでください。謝罪会見を弁力で乗り切ろうとする前に謝罪しなければならない状況をつくるな。これが私からのアドバイスです。
私のプライベート。最近、結構凹んでます。別に浮気したわけじゃ、ありませんが、長い間にはパートナーに疑われることがあるんですね。人生正直がいちばん。でも、正直に話せば話すほど状況は私に不利になるばかり、なんてことがあるわけです。福澤先生が大きな体を丸めて謝罪する場面を皆さんは想像できますか。絶対に誰にも見られたくありませんね。
ところで、亀田一家の「謝罪会見」。思わず笑っちゃいましたね。アレはどう見ても謝罪しているようには見えません。どうせなら悪役に徹して開き直ればよかった?
ダメダメ巨人が復活、虎と竜を破って見事ペナント・レースを制しました。例年ならばオレンジ色のハッピをまといライト外野席で応援するのですが今年はとうとう1度も東京ドームに足を運びませんでした。
さあ、竜と虎を破ったのですからハムなんて一瞬で撃破できるでしょう。なんたってハムですからね、食べちゃえばそれで終わりです。
何? クライマックス・シリーズですって。そうですか。今年からセ・リーグにも導入されたヘンテコな敗者復活戦ですね。相手は竜? 嫌な予感。竜の指揮官は弁力自慢の落合監督でしょう。
MLBの“ワイルドカード”。2位の中でいちばん頑張ったチームがプレーオフに進出できる敗者復活のシステムです。これは納得がいきます。でも、日本のクライマックス・シリーズは変ですよね。優勝した巨人が日本シリーズに出られないかも知れないんでしょう。
何? 竜に勝てばいいって? だって今日負けたでしょう。このまま3連敗? やっぱりダメダメ巨人なの。 原さん、負けたら“切腹”してくれる。
横浜で私塾を経営している男がいます。通称ミヤ君。深夜に2人で赤坂あたりをブラブラして怪しい人たちに声をかけられたこともあります。けっして妙な関係ではありませんよ。12~3年の付き合いになるでしょうか。この男、酒は飲みませんがノリがいい。会うのはいつも深夜で朝まで教育談義で盛り上がるのです。
今日のテーマは“日本の親が子どもをダメにする”。ミヤ君の演説が続きます。生まれ持った頭脳の良さに加えて勉強熱心。弁力も相当なレベルです。しっかり拝聴することにします。
“自分が若いときに勉強しなかったから子どもには勉強させたい”。こんな親が多いとか。“叱るだけで理由を説明しない。” こんな親もいるらしい。さらには“勉強しないとパパみたいになっちゃうぞ”、と脅す母親まで登場。子どものほうがむしろ利口で、冷めた目で親を見ていることも多いとか。
さて、一晩明けて冷静に考えてみます。私も小学生の子どもを持つ父です。宮君が語るダメダメ親の条件を私はカンペキに満たしているではありませんか。
そういえば最近、息子の態度が冷たい? 福澤パパの危機か。
「話し方が下手で困ってるんです」。こんな人にかぎって不得意な理由を饒舌(eloquent)に話してくれます。話し方自体に問題を抱えている人は実はそれほど多くはなく下手だと思い込んでいる人が圧倒的に多い。これが実情です。
アナウンサーや司会者、あるいは声優。そういう専門職の人たちと比較して自分を落とし込めてもナンセンスです。
皆さんにとって話し方それ自体が最終目標なのかどうか考えてみてください。多くの方にとっては“話し方”は手段(means)であって目的(objective)ではないはずです。人生の様々な目標を達成すること。このことにエネルギーを使うほうがよほど健全(sound)です。
ヒントをひとつ。話し方は訓練ではなかなか変わりませんがアナタが自身が変われば話し方も必ず変わってきます。ここに話し方と弁力の違いが隠されているのです。
“横泳ぎ”を習っておいてよかった。子どもの頃から泳ぐことが大好きだった福澤ですが、中学生の頃、縁があって元オリンピック選手に“横泳ぎ”を習うことになりました。たしか3日間の集中講座だっと思います。ミルミル上達する自分にビックリ。ヤル気のある生徒が一流の先生に習うと伸びが早いのかな?
最近では暇さえあれば水の中に入って体を鍛えています。バタフライやクロールできますが長時間泳ぐには“横泳ぎ”がベストです。
聞くところによれば戦国武将たちは水泳で体力つくりをしていたそうです。当時の武士は甲冑(かっちゅう)をつけたまま泳がなければなりませんでした。重さはどのくらいでしょうか。30キロはあるかも知れませんね。クロールやバタフライでは身が持ちません。“横泳ぎ”や“立ち泳ぎ”ができなければ戦乱の時代を勝ち抜くことはできなかったでしょう。織田信長も水泳が大の得意だったようです。
さあ、今日も“横泳ぎ”でダイエット生活の出発進行! 信長に負けないぞ。
廃棄処分寸前の“廃鶏”がブランド鶏に化けていた。呆れた話です。仕入れ価格がわずか数10円だそうで倫理感覚が麻痺した経営者なら迷わず飛びつくのでしょう。廃鶏はダシ採り用としても流通しているらしくラーメン大好きな私としては少々、不安です。“廃鶏”を使ったラーメンは大丈夫なのでしょうか。
卵を産まなくなった“廃鶏”が堂々と流通しているのなら乳が出なくなった牛も流通しているのでしょうか。廃牛ということばは聞いたことがありません。この点、豚は大丈夫?
長年、食品衛生の仕事に携わっていた親戚が苫小牧に住んでいます。食品の実情が暴露されれば世界中が大パニックになるそうです。「鶏も牛も豚もダメ。卵は毒と思え。養殖の魚は論外。大きな魚はダメ。食べるなら小魚。野菜は自家製のものだけOK」。こんなことを言われると何も食べることができなくなります。廃鶏くらいで驚いてはいけないのでしょうか。
“You cannot eat your cake and have it.“ 今の私にはズッシリ重い言葉です。
「広辞苑」が10年ぶりに改定されました。「うざい」などの“新語”が収録されていることに抵抗する人もいるようですが、ちょっと待ってくださいな。言葉は生き物なのですぞ。時代が変われば言葉も変わる。これって至極当然のことなのです。
「超キモ~イ」などと叫ぶ若者を指して「品がない」と文句をいう大人がいます。でもこれは大きな勘違いです。言葉に罪はありません。品がないのは言葉自体ではなく、言葉を使っているその若者の喋り方や態度なのです。
イギリス英語が正当で品のある英語、アメリカ英語がヤンキーで田舎モノ? こんな考え方をする人もいます。これも勘違いですよ。今のアメリカ英語はヨーロッパから新大陸に移民した人たちが伝統的に使い続けた“元イギリス英語”。変化したのはむしろイギリス英語のほうなのです。
品がいいか否かの違いは言葉の問題ではなく、その言葉を使うその人自身の品格の問題なのです。
アナタのいちばん好きな食べ物は何ですか?トロ? 焼肉? それとも? ホラホラ顔の表情がイキイキしてきましたよ。美味しいものを食べているときの顔、それがアナタのベストショットなのです。至福の時に人は素晴しい表情を浮かべます。
食いしん坊な人はスピーチ上手になる。これが私の持論。食に貪欲な人ほど食べ物の話をしているだけで目が爛々と輝いてきます。俗にいう目力(めぢから)全開の状態ですね。私はこういう人が大好きです。
“美味しくなかったらどうしよう”と目の前の料理に箸をつけない人。こういう人の顔はネガティブ・オーラで一色になります。スピーチもこれに似ています。“失敗したらどうしよう”と考えて得することはありません。
人と話をするとき、スピーチやプレゼンをするとき、“好きな食べ物を食べている自分”をイメージしてみましょう。これだけでアナタ本来の素晴しい表情が“再現”できるのです。
知的で性格がよくて洋服のセンスもいい美女。片や一見、サエナイ男。“あんなヤツのどこがいいんだ? 彼女にはもったいないじゃないか”などと誰もが思うほどのアンバランスなカップル。でも、不思議とうまくいっている。こんなカップルを想像してみてください。この美女が彼と一緒にいる理由? 知りたいですよね。僕も知りたいです。そっと聞いてみましょうか。
美女曰く。「好きだから」。
人がどんな相手に好意を感じ相手のどんなところを好きになるか、など誰にもわかりません。「優しいから」とか「誠実だから」云々の理由。これらの理由はすべて“後づけの理由”であって、本質的な理由ではないのです。
他人から好かれることを目的に努力(exert)する人がいます。“後づけの理由”を追いかけ、相手に媚を振り続け、遂には疲れ果ててしまう人です。私はそういう人にはなりたくありません。人に好かれるマニュアルなどは幻想であって始めから存在しないのですから。
「男は黙ってサッポロビール」というキャッチコピーが大流行したのは1970年。CMに起用されたのは当時人気絶頂の三船敏郎でした。これってカッコいい!
こんな笑い話もあります。ある学生がサッポロビールの面接を受け面接官の質問を一切無視。面接官が「お引き取りください」と怒ると学生は「男は黙ってサッポロビール」と言い放ち即採用されたということです。これもカッコいい!
日本文化を語るとき、寡黙さは欠かせません。四字熟語にすれば“以心伝心”ですね。言葉では表すことにできない仏法の真髄を無言のうちに弟子に伝える。これぞ究極の弁力。最高にカッコいい!
寡黙であれば何でもカッコいい? そうではありませんね。息子に謝罪会見をさせ自分はダンマリ。亀田一家のお父様です。日本文化の美徳を逆手にとっているだけで、こういうのは卑怯なやり方ですよね。大きな勘違い。これってカッコ悪い!
エスノセントリズム(ethnocentrism)とは自分が育ってきた文化を基準に他文化を否定的に判断したり低く評価したりする態度のこと。日本語では「自民族中心主義」。社会進化論者ウィリアム・G・サムナーの造語です。
島国、農耕民族、村社会、鎖国。これらのキーワードを満たしている国が最もエスノセントリズムに陥りやすい。
青い目のガイジンに私が“遭遇”したのは9歳のとき。カリフォルニア州サクラメント出身の優しい先生でした。生まれて初めて目の前で見るアメリカ人。髪はブロンド、瞳は青、カタコトの日本語を喋る優しいお兄さんでした。
彼から学んだこと、それは“違い”です。日本とアメリカは“違う”ということ。日本語と英語は“違う”ということ。このことが私の人格形成に大きな影響を与えています。
“日本が、日本人が、国家として、個人として、あるいは日本民族として、他文化の人々を見下すことも畏怖することもなく、あくまで対等な立場で毅然とお付き合いしてゆく術を身に付けていかなければならない”。NOVAの文言です。
ヒルトン東京の1階にあるセント・ジョージ。ジャズの演奏で評判のバーレストランです。84年に新宿に移転した当時から利用している私の“隠れ家”です。
あいにく今日は日曜日。ジャズの演奏はありませんがあちらこちらから興味深い話が聞こえてきます。
盗み聞き? そう言われても仕方がありませんね。でも、お酒が入るからこそ様々な人間模様が展開されるのも事実。人々の話に耳を奪われてしまう私です。悪趣味かも知れませんがこれもマン・ワォッチングの一貫、私の仕事のひとつです。
私の正面に座っている謎のカップル。30代でしょうか、男が女性を口説いています。冷静を装いつつ“チャンス”をうかがう男。でもなかなか上手くいかない。このバーでよく見かける光景です。男はノリノリですが女性は違います。顔では笑っていても目は笑っていない女性。男は哀れな生き物です。“温度差”に鈍感では成就は遠いかな。
私のすぐ隣に別のカップルがやってきました。なにやら険悪なムードです。絡まれる前に退散したほうがよさそうかな。
不正が外部に漏れると“犯人探し”が行われ告発した人物が解雇されたり村八分になる。これが日本の企業風土なのでしょうか。
イギリスの「公益開示法」。これは安全への加害、環境破壊、隠蔽等に関して内部告発を行った人を保護する法律です。日本にはこのような法律がありませんね。
儲けのためには手段を選ばない、バレなければ違法行為も辞さない。このような風土を持つ企業の社員が内部告発を行うには並々ならぬ勇気が必要だと思います。内部告発が“善”ではなく“悪”なのですから。
告発した人がその代償として“切腹”しなければならないとすればそれは理想の社会ではありません。
1995年に公開されたアメリカの映画『告発』(Murder in the First)。刑務所での過剰な虐待を告発し刑務所を閉鎖に追い込んだ実話を基に製作された映画です。ご覧になってはいかがでしょうか。
1万円で満タンにできないなんて悲しいですね。高騰が続くガソリンの話です。目黒ラウンジ近くのスタンドではナント、ハイオクの値段が187円! 山手通り沿いの好立地といはいえ尋常な価格です。それでもギリギリの経営だと聞き、2度ビックリ。
日本のレギュラーガソリンはアメリカのハイオクよりも高品質? ホノルル在住の山上君から聞いた話です。日本ではハイオクを利用している私ですが今回の高騰を機にレギュラーガソリンに変えようと考えています。それでもリッターあたり150円超は高い。これからもっと値上がりするのでしょうか。
ディーラーさんに確認してみると予想通り“ハイオクのほうがいいですよ”と曖昧な返答。やっぱりだ! “レギュラーを入れたら車が壊れます“とでも言われない限り大丈夫のようです。
車に乗らないで我が家から目黒までジョギングするのもいいかな。その距離約8キロ。夏以降、10キロ以上のダイエットに成功した福澤先生。今なら走れそう?これを”ガソリンダイエット”と命名しよう。
日本手話落語協会の桂福団冶さん。ポリープの手術で声が出なくなったことをきっかけに手話を独学、障害を持つ人たちにも楽しんでほしいと“手話落語”を考案した人物です。
“障害があっても人を楽しませることができると知ってもらうことに大きな意味がある。笑いは世界共通なんです”。
手話で落語の醍醐味を味わえるの?などと考えるのは愚の骨頂。音声言語がなくても身振り・表情で“ネタ”はじゅうぶん伝わるのです。音声がないほうがより想像力をかきたてられるかも知れません。頑張れ福団治さん!
一方、許せないのは三遊亭夢之助さん。舞台に立つ手話通訳者に“気が散る”などと退場を求める発言をしていたというから驚きです。
“落語は話し言葉でするもので、手話に変えられるものではない。この会場は聞こえる方が大半ですよね。手話の方がおられると気が散りますし、皆さんも気が散りますよね”。
福団治VS夢之助。ホンモノの落語家がどちらかは明白です。合掌。